値引き交渉の前に、稼働率を疑う。Japan Investをつくった理由
目次
日本でゲストハウスや小規模ホテルの売り物件を見つけると、多くの人はまず価格交渉を考えます。その気持ちはよくわかります。物件情報の中で自分から動かせる数字は価格くらいですし、1割値引きしてもらえれば、勝ったような気分にもなります。
ただ、私の経験では、その取引でいちばん大きいリスクは売出価格ではないことが多いです。前提にしている稼働率です。今回は、買付を入れる前に稼働率の前提を確かめる方法と、そのために私たちが無料ツールをつくった理由をお話しします。
まとめ
- 物件情報の利回りを見るときは、家賃と運営売上のどちらを使っているか、その収入が実績か見込みか、どの費用を差し引いているかを確かめましょう。物件情報の表面利回りは、たいてい年間収入 ÷ 購入価格で、運営コストは含まれていません。
- 運営コストは、人員体制、提供するサービス、外注の範囲、建物の状態によって変わります。実際の帳簿や見積もりをもとに見積もったうえで、実質利回り(NOI ÷ 取得総額)で比べます。定義はすべての物件でそろえてください。
- 稼働率低下の影響が値引きの効果を上回ることがあります。前提を明示したうえで、両方を比べましょう。
- 価格交渉の前に、稼働率を下げた場合の利回りを確かめておきましょう。
- Japan Invest は、表面と実質の利回りや稼働率の感度を試算できる無料の計算ツールです。コストの前提は自分で編集できます。
なぜ購入価格より稼働率のほうが重要になりうるのか?
稼働率が重要になりうるのは、稼働率が売上を決める一方で、売上が減っても下がらないコストが多いからです。稼働率低下の影響が値引きの効果を上回ることがあります。個々の物件でどちらが大きいかは、前提を明示して両方を比べるしかありません。
自分で運営する宿泊施設の売上は、おおむね「販売可能な客室数(延べ室数)× 稼働率 × 客室単価(ADR)」で決まります。観光庁の資料でも使われている関係です。客室単価と販売可能な延べ室数を固定したうえで、コストを2つに分けます。OTA手数料、1回ごとの清掃費、消耗品のような変動費は、宿泊数に合わせて増減します。一方、人件費、保険料、固定資産税、消防法への対応、空室でも止まらない光熱費、日常の維持管理といった固定費は、あまり変わりません。そのため、稼働率が下がると、営業純利益(NOI)は売上より速いペースで減っていきます。
値引きの効き方は違います。効果は一度きりではありません。取得総額が下がれば、保有している間、毎年の取得総額に対する利回りが改善します。年間のNOIが変わらず取得総額が10%下がれば、利回りは毎年、相対的に11.11%(1 ÷ 0.9)高くなります。ただし、購入価格を10%下げても、取得総額が10%下がるとは限りません。諸費用・税金・家具備品は、価格に合わせてすべて下がるわけではないからです。
例で確かめてみましょう。以下は説明のための仮の前提で、相場の数字ではありません。
- 販売可能な延べ室数は年2,000室、客室単価は10,000円
- 変動費は宿泊1泊あたり3,000円
- 固定の運営コストは年500万円
- 購入価格8,000万円と、その他の取得費用1,000万円(取得総額9,000万円)
| ケース | 売上 | NOI | 取得総額 | 実質利回り |
|---|---|---|---|---|
| 稼働率70%、売出価格のまま | 1,400万円 | 480万円 | 9,000万円 | 5.33% |
| 稼働率70%、1割値引き | 1,400万円 | 480万円 | 8,200万円 | 5.85% |
| 稼働率60%、売出価格のまま | 1,200万円 | 340万円 | 9,000万円 | 3.78% |
| 稼働率60%、1割値引き | 1,200万円 | 340万円 | 8,200万円 | 4.15% |
この例では、1割の値引きで取得総額は約8.9%(9,000万円のうち800万円)下がり、利回りは相対的に約9.8%上がります。稼働率が10ポイント下がると、売上は約14%の減少ですが、NOIは約29%減ります。値引きをしても、利回りは元の5.33%に届きません。なお、簡単にするためにその他の取得費用は1,000万円で固定しています。実際には、価格に連動して変わる費用もあります。
前提が変われば、結論も変わりえます。値引きで補えるかどうかは、稼働率・単価・費用構成・取得総額によって変わります。それでも、売主の想定稼働率ではきれいに見える物件が、数ポイント下げるだけで大きく違って見えることはあります。
買付を入れる前に何を確認すべきか?
買付の前にやるべきことは、売主が示す表面利回りを実質利回りに計算し直し、稼働率を下げても成り立つかを確かめることです。表計算ソフトでも紙とペンでも、信頼できる計算ツールでもかまいません。大事なのは道具より手順です。
1. 表面と実質を分ける。 まず、物件情報の利回りが家賃と運営売上のどちらを使っているか、その収入が実績か見込みか、どの費用を差し引いているかを確かめます。物件情報の中には、想定賃料収入をもとに表面利回りを出しているものもあります(例として東急リバブルの物件資料の表記)。これは貸主側の数字で、運営者側の数字ではありません。以下は、自分で運営して運営売上を得て、コストも自分で負担する宿泊施設を前提にした計算です。
NOIは、運営売上から運営費用を差し引いたものです。主な運営費用は次のとおりです。
- OTA手数料
- 1回ごとの清掃費
- 光熱費
- 消耗品
- 人件費(該当する社会保険料の事業主負担を含む)
- 保険料
- 日常の維持管理・通常の修繕費
- 消防法への対応費用
- 運営を外注する場合の管理委託料
- 固定資産税
運営コストは、人員体制、提供するサービス、外注の範囲、建物の状態によって変わります。実際の帳簿や見積もりをもとに見積もってください。自分で運営する場合は、自分の労働がこの数字では無償扱いになっていることをはっきりさせましょう。必要に応じて、その仕事を人に頼んだ場合の費用を、代替人件費として別に示します。管理委託や清掃の契約にすでに含まれている業務は、二重に計上しないでください。こうした区別は、国土交通省のサイトに掲載されている宿泊業の財務管理資料(35枚目のスライド)でも示されています。
NOIを、売出価格ではなく、諸費用・税金・家具備品まで含めた取得総額で割ります。これが実質利回りです。
さらに、NOIの下で大規模修繕のための積立を差し引きます。残ったものが資本的支出の積立後キャッシュフローです。国土交通省の不動産評価の枠組みでも、運営純収益と資本的支出は分けて扱われています。どちらの指標を使う場合も、物件どうしを比べられるのは、すべての物件で定義をそろえたときだけです。
2. 稼働率の根拠を確かめる。 その数字は前年の実績でしょうか。繁忙期の1か月を年換算したものでしょうか。それとも売主の見込みでしょうか。どれなのかによって、意味がまったく違います。
3. 稼働率を何段階か変えて計算する。 売主の数字に加えて、10ポイント下げた場合と20ポイント下げた場合も計算します。客室単価と販売可能な延べ室数は固定し、稼働率に合わせて動かすのは変動費だけにします。いちばん高い想定でしか成り立たないなら、それは交渉の前にわかっておくべき大事な情報です。
4. 価格の判断はそのあとで。 稼働率でどれだけ利回りが動くかがわかれば、値引きの本当の効果も見えてきます。大きな意味がある場合もありますが、期待したほどではないことも多いです。
Japan Invest とは?何ができるのか?
Japan Invest は、日本のホテル・ゲストハウス投資のために私たちがつくった無料の計算ツールです。上の手順の試算に使えます。表面利回りと実質利回りを計算し、稼働率が変わったときの利回りの変化を示します。コストの前提は自分で編集できます。初期値は必ず確認し、一覧にない費用は別に試算してください。たとえば、消防法への対応費用を入れる専用の項目はありません。
つくったきっかけは、同じ計算を毎回手作業でしていたことです。ベンステイ合同会社は民泊・短期賃貸の物件を運営しているので、運営コストの明細を毎月目にしています。物件情報の利回りと、実際にその物件で残るはずの数字の差が、いつも気になっていました。たいていの場合、それは嘘ではありません。見出しの利回りは表面利回りであることが多く、表面利回りにはもともとコストが含まれていないだけです。
そこで、このツールでは次の3つが見えるようにしました。
- 表面利回りと実質利回りを並べて表示。見出しの数字だけを見ることがなくなります。
- 稼働率の感度。売主の想定より稼働率が下がると、利回りがどれだけ速く落ちるかがわかります。
- 編集できるコストの前提。項目ごとに分けてあるので、概算でもひとつずつ数字を入れられます。初期値は、ご自身の帳簿や見積もりと照らし合わせてください。
上の手順との違いが2つあります。
- 表面利回りの分母が違います。 このツールのFAQでは、表面利回りを「売上 ÷ 取得総額」と定義しています。物件情報の表面利回りは「売上 ÷ 購入価格」なので、そのまま比べないでください。
- 修繕積立は売上に対する割合で入力します。 そのため、稼働率を下げて試算すると、売上と一緒に積立額も小さくなります。毎年一定額を積み立てる前提で確かめたい場合は、別の表で積立の金額を固定して計算してください。
invest.benstay.jp から無料で使えます。
どんな場面に向いていて、どんな場面に向かないのか?
Japan Invest がいちばん役に立つのは、物件を絞り込む段階です。いくつかの物件を比べていて、現実的な前提でも成り立つのはどれかを素早く知りたいときに向いています。
できないことも正直に書いておきます。
- 鑑定や査定ではありません。 結果は入力次第です。稼働率を楽観的にしたりコストを入れ忘れたりすれば、楽観的な結果が出ます。
- 個々の物件の事情はわかりません。 建物の状態、許認可、地域のルール、売主の実際の帳簿は、別途確認が必要です。
- 税務・法務・融資のアドバイスではありません。 何を聞くべきかを整理するためのツールです。答えは、税理士、弁護士、金融機関に確認してください。
すでに信頼できる詳しい収支モデルをお持ちなら、このツールは必要ないかもしれません。初めて日本の宿泊施設を検討していて、物件情報の利回りがやけに魅力的に見えるなら、コストを引いたあとに何が残るかを手早く確かめるのに使ってみてください。
よくある質問
Q: ゲストハウスの表面利回りと実質利回りの違いは?
物件情報の表面利回りは、年間収入(家賃または運営売上、実績または見込み)を購入価格で割ったものです。Japan Invest の表面利回りは売上を取得総額で割るので、そのまま比べないでください。実質利回りは、営業純利益(運営売上から、通常の修繕費を含む運営費用を引いたもの)を、諸費用・税金・家具備品を含めた取得総額で割ったものです。大規模修繕のための積立は、NOIの下で差し引きます。実質利回りで物件どうしを比べられるのは、どの物件も同じ定義で計算したときだけです。
Q: 稼働率はどれくらい下げて試算すればいいですか?
決まった正解はありませんが、まずは売主の想定から10ポイント下げた場合と20ポイント下げた場合を試すのがよいと思います。稼働率低下の影響が値引きの効果を上回ることがあるので、同じ前提を明示したうえで両方を比べてください。
Q: Japan Invest は無料ですか?
はい。invest.benstay.jp の Japan Invest は無料の計算ツールです。
本記事は情報提供のみを目的としており、法律または税務上の助言を構成するものではありません。具体的な状況については、資格を有する専門家にご相談ください。
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